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京都地方裁判所 平成6年(行ウ)5号 判決 1997年5月14日

京都市下京区仏光寺通室町西入糸屋町二一五番地一

原告

株式会社夜明屋

右代表者代表取締役

岩崎甚三郎

右訴訟代理人弁護士

古家野泰也

右復代理人弁護士

川口直也

深尾憲一

京都市下京区間之町五条下ル大津町八

被告

下京税務署長 前川忠夫

右指定代理人

草野功一

西浦康文

戸根義道

加藤英二郎

槍原一

主文

一  原告の本件各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成四年七月九日付けで原告に対してした、原告の平成元年二月一日から平成二年一月三一日までの事業年度に係る法人税更正処分のうち原告の平成二年七月六日付け修正申告に係る法人税額を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、原告の平成元年二月一日から平成二年一月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)について、被告がした法人税額更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)には原告の所得金額を過大に認定した違法及び信義則違反の違法があるとして、被告に対し本件各処分のうち法人税更正処分(ただし、原告のした修正申告額を超える部分)及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消しをそれぞれ求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いのない事実及び容易に認定できる事実、確定の根拠は各末尾に示す。)

1  原告の地位等

原告は、昭和二四年一〇月二八日、野田純一(以下「純一」という。)が中心となってメリヤス製品等の卸売等を目的とする会社として設立し、従前夜明屋商事株式会社との商号で、別紙1(物件目録)記載の建物(以下「本件建物」という。)を野田義博(以下「義博」という。)から賃借し同所に本店及び事業所を置いていたが、平成元年五月一日に現商号に変更するとともに、本店及び営業所を肩書住所地に移転したものである(争いのない事実、乙2、弁論の全趣旨)。

2  課税の経緯

別紙2(課税の経緯)記載のとおりである(争いがない。)。

三  争点

1  本件各処分に原告の所得を過大に認定した違法があるかどうか。

(一) 原告が昭和六三年八月三日に京阪奈都市開発事業協同組合(以下「京阪奈組合」という。)との間で交わした売買の合意中に、租税特別措置法(平成二年法律第一三号改正前のもの、以下同じ。)六五条の七第一項本文所定の「土地の上に存する権利」(以下「土地の上に存する権利」という。)が含まれているかどうか(争点1)。

(二) 原告の所得金額及び法人税額はいくらか(争点2)。

2  被告の信義則違反の有無(争点3)。

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1について

1  原告

原告は、昭和六三年八月三日、京阪奈組合との間で、本件建物の賃借権等を代金一三億円で売り渡す旨の合意(以下「本件売買契約」という。)をしたが、右譲渡代金一三億円のうち六億五〇〇〇万円は、以下の(一)から(三)のとおり、本件建物の敷地の借地権等の譲渡代金であるから、「土地の上に存する権利」の対価であって、本件事業年度の所得の計算上、租税特別措置法六五条の七及び同条の八の適用がある。

(一) 「土地の上に存する権利」の意義

「土地の上に存する権利」が存在するかどうかは、私法上の観点とは別個に、専ら税法上の判断で決められるべきものである。税法上の借地権は、一般的には地上権及び土地賃借権をいい、その土地の使用目的は問わないから、建物の所有を目的とする地上権又は賃借権だけでなく、構築物の所有を目的とするものも、またその土地を更地のまま使用するものも含まれる。

(二) 本件における借地権の発生の有無

(1) 原告は、義博との間で本件建物の敷地について明示ないし黙示の借地契約を結び、本件売買契約において同借地契約に基づく借地権等の譲渡をしたものである。

ア 原告は、昭和三六年から三七年にかけて義博の了解を得た上、本件建物の敷地のうちの奥庭部分をつぶして、木造瓦葺二階建事務室(一、二階とも二四・四八平方メートル)を増築し、旧来の本件建物と接続する工事(以下「本件増改築工事」という。)を施し、本件増改築工事に係る増改築部分(以下「本件増改築部分」という。)を固定資産として計上し、法人税の申告をした。

本件増改築部分は、主として居住用であった旧来の建物とは別個独立に建築され、原告の事業の用に供せられたものであって、原告の所有に帰した。

したがって、本件増改築部分のために利用される敷地部分は借地権の対象となる。

イ 原告は、本件増改築工事後の昭和三八年ころ義博との間で地代家賃を従来の三倍である年額一二〇万円に改訂し、そのころから同人に対し本件増改築部分の地代を含めて支払ってきた。

ウ 以上のとおり、原告は、本件建物及びその敷地に本件増改築工事を行い、本件増改築部分の所有権を取得したのであって、同部分のために利用される敷地部分は借地権の対象となるものである。そして、原告は、本件増改築工事にあたり、義博から庭部分を事業部分に用途・形状を変更することの承諾を得て、現に本件増改築工事を行い、その地代相当分を賃料に上乗せしたものであるから、原告と義博との間で明示ないし黙示の借地契約が成立した。

(2) 原告と義博との間における昭和五〇年一一月一〇日付け家屋賃借契約証書(乙3)は、本件土地の隣地及び地上建物を原告が義博から賃借するにあたり、原告から義博に対する貸付金を原告と義博との間の賃貸借の敷金として処理するために便宜作成されたものにすぎず、原告と義博との間の本件建物の賃貸借契約の内容を如実に反映したものではない。

したがって、右の契約証書によって、原告と義博との間の賃貸借が建物のみに関するものであるとみることもできないし、原告が既に発生した借地権を放棄したなどとみることもできない。

(3) なお、本件増改築部分は、旧来の本件建物との関係で、区分所有の対象となる構造上あるいは利用上の独立性はない。

(三) 本件売買契約と借地権の譲渡

原告は本件売買契約において京阪奈組合に対し本件土地建物を「原状のまま」「賃借権等」と表示して譲渡しており、譲渡対象に(二)の借地権を含むものである。

2  被告

原告が主張する借地権はそもそも発生しておらず、本件売買契約中には右借地権は含まれていないから、租税特別措置法六五条の七及び同条の八の適用はない。

(一) 「土地の上に存する権利」の意義

租税特別措置法六五条の七及び同条の八(本件規定)の特例の適用を受けるためには、同法六五条の七第一項の表の各号上欄にある「譲渡資産」欄に掲げる資産を譲渡し、指定期間内に下欄の「買換資産」欄に掲げる資産を取得し、かつ、当該取得の日から一年以内に、当該法人の用に供さなければならないし、同法六五条の七第一項の表一五号の「譲渡資産」欄には、「法人税法の施行地にある土地等、建物又は建築物」と規定されている。そして、右の「土地等」とは土地又は土地の上に存する権利であって(同条一項本文)、「土地の上に存する権利」とは土地そのものを利用する権利である地上権、永小作権、地役権又は土地の賃借権をいう。

(二) 本件における借地権の発生の有無

(1) 本件においては、土地の賃貸借ないし借地権の発生又は成立について当事者間の明示又は黙示の合意はなく、当事者間にその認識もなかったから、原告が主張する借地権は発生していない。

ア 本件建物の登記簿謄本には増築が行われたことの記載がないし、当時の建築確認申請書及び工事明細書等の書類もないから、原告が本件増築工事を行ったかどうか自体が明らかでない。また、原告の決算書に計上された造作が本件増改築部分に関するものであるかどうかも明確でない。

イ また、原告が本件増改築工事を行っていたとしても、以下のとおり、原告は、本件増改築部分についての所有権を本件建物と別個独立に取得することはない。

まず、税法には増改築建物の所有権の帰属に関する規定は存在しないので、一般法である民法が適用される。

一般に、借家人によって増改築された部分は、民法二四二条により原則として建物に附合し、その効果として建物の所有者が附合物の所有権を取得する。そして、増改築部分が独立の建物と同一の経済上の効力を全うしうる場合以外はひろく附合が生じ、附合の有無の判断に当たっては、社会通念上の経済的利用の独立性の有無を基準とすべきである。今日では、増改築部分が区分所有権の対象となりうる場合だけが独立の所有権の客体となり、それ以外は附合が生ずるのである。

そして、増改築部分が区分所有権の対象となりうるためには、構造上の独立性と利用上の独立性とを併せて具備していなければならない。

本件増改築部分は、区分所有の対象とはなり得ず、民法二四二条により旧来の本件建物に附合し、その効果として、本件建物の所有者である義博の所有に帰属し、原告には帰属しない。

以上のとおり、本件増改築部分は、本件建物と附合しており、独立の所有権の対象とならない以上、本件増改築部分に対応する借地権なるものはそもそも観念することができない。

ウ 原告の主張する賃料の改訂が実際に行われたどうかは明らかでないし、仮にこれが行われていたとしても、地代家賃の区別や改訂の経緯及び改訂額の算定根拠が明らかでないため、本件増改築部分の敷地を賃借したことによる地代相当分を含むために行われたものかどうかは明らかでない。むしろ、賃料の改訂は、昭和三六年ころから本件建物の全部を原告が使用することとなって賃借面積が増加したことから、家賃部分の増加と考えられる。

(2) 原告と義博との間において、本件増改築工事後である昭和五〇年一一月一〇日に賃貸借契約が締結されているが、右契約に係る家屋賃借契約証書(乙3)は、その証書自体が「家屋」の賃貸借契約に関するものである上、賃貸借の対象物件として「家屋三棟 壱戸」と記載されていて、土地の記載がない。したがって、原告と義博との間における賃貸借の対象は、本件増改築工事後においても、依然として建物のみであり、本件増改築部分の敷地はその対象とされていなかった。

(三) 本件売買契約と借地権の譲渡

本件売買契約の対象は建物の賃借権のみであり、土地の賃借権は含まれていない。

(1) 原告と京阪奈組合との間で交わされた昭和六三年八月三日付け合意書(乙5)及び昭和六三年八月三一日付け賃借権等売買契約書(甲15)には、賃借権の対象となる家屋又は物件として、建物又は物件の表示欄において本件建物しか記載されておらず、本件増改築建物に対応する敷地の賃借権について全く言及されていない。

また、甲15の売買契約書の表題や文中、三か所の「賃借権」の次に「等」の語が付加されているが、この中に建物の賃借権以上に重大な権利である敷地に対する賃借権を含ませるということは到底無理である。

さらに、右の「等」の文字は、久保田税理士のアドバイスにより本件売買契約の締結後に書き加えられたものであるにすぎないから、本件売買契約当時、原告は本件建物に関する賃借権の売買をするとの認識しかなかったものである。

(2) 加えて、昭和六三年九月一二日に京都簡易裁判所において成立した和解調書(乙6)には、京阪奈組合が原告から本件建物の賃借権を代金一三億円で買いとる旨の記載があるが、これは、原告が義博から本件建物のみを賃借して営業していたことを前提に、京阪奈組合から原告に支払われる一三億円の代金中には土地の賃借権は含まれていないことを前提とするものである。

二  争点2についての被告の主張

原告が京阪奈組合に譲渡した権利の中には借地権は含まれていないから、本件においては、租税特別措置法六五条の七及び同条の八の適用はなく、原告の所得金額及び法人税額は以下のとおりとなる。

1  所得金額 一〇億八〇八七万七九四七円

原告のした申告所得金額に、後記(二)及び(三)のとおり、租税特別措置法六五条の七及び同条の八の特例適用否認に伴い損金とならない金額を加算した金額が本件事業年度における原告の所得金額となる。

(一) 原告の修正申告における所得金額 五億七九四四万一七七五円

(二) 減価償却超過額 一億〇六二八万二一七二円

原告が確定申告において租税特別措置法六五条の七の適用により認められる損金として計上した建物等圧縮引当損一億一五四八万五一五〇円は、借地権が存在しないことから租税特別措置法六五条の七の適用はない。そこで、当該金額は減価償却費の費目として損金経理したものと扱ったところ、別紙3ないし5(減価償却超過額計算表)のとおり、償却限度額合計は九二〇万二九七八円と計算されるから、本件事業年度分の減価償却限度額を超過する額一億〇六二八万二一七二円は損金の額に算入できない。

(三) 特別圧縮引当金繰入限度超過額 三億九五一五万四〇〇〇円

原告が確定申告において租税特別措置法六五条の八の適用により認められる損金として計上した特別圧縮引当金繰入額三億九五九四万三〇〇〇円のうち、修正申告により所得に加算した七八万九〇〇〇円を控除した残額三億九五一五万四〇〇〇円は、借地権が存在しないことから損金の額に算入できない。

2  法人税額 四億七一一〇万二七〇〇円

右金額は、後記(一)の所得金額に対する法人税額に、後記(二)の課税留保金額に対する法人税額を加算し、更に後記(三)の所得税額の控除額(国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数金額を切り捨てたもの)を控除したものである。

(一) 所得金額に対する法人税額 四億五二四一万四七〇〇円

国税通則法一一八条一項の規定により原告の所得金額の一〇〇〇円未満の端数金額を切り捨てた金額である一〇億八〇八七万七〇〇〇円に法人税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)六六条一項、二項及び租税特別措置法四二条の二第一項、二項に規定する税率を乗じて算出したものである。

(二) 課税留保金額に対する法人税額 二〇九七万三八〇〇円

原告は法人税法二条一〇号に規定する同族会社に該当するから、同法六七条一項の規定により留保金額に対して法人税が課される。

そこで、本件事業年度の所得金額のうち、留保された金額一〇億五九四七万一三八三円(申告に係る金額五億五八〇三万五二一一円に前記1(二)及び(三)の特例適用否認に伴い損金とならない金額の合計五億〇一四三万六一七二円を加算したもの)を基礎とすると、課税留保金額は一億三七三六万九〇〇〇円となる。そして、これをもとに、法人税法六七条の規定により課税留保金額に対する法人税額を算出すると、右の金額となる。

(三) 所得税額の控除額 二四八万九七九四円

原告の本件事業年度の法人税確定申告書に記載されている金額である

3  まとめ

以上のとおり、被告のした更正処分は前記の法人税額の範囲内でされたものであり、かつ、被告は、右の更正処分に従い、国税通則法六五条の規定に基づき計算した金額を原告に対し過少申告加算税として賦課決定したものであるか、本件各処分はいずれも適法である。

三  争点3について

1  原告

信義側は、租税法の分野においても、納税者間の平等、公平の要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合には、個別的救済の法理としてその適用が肯定されるべきであり、具体的には、

<1> 税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと

<2> 納税者が<1>の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したこと

<3> のちに<1>の表示に反する課税処分が行われたこと

<4> <3>の納税者が経済的不利益を受けたこと

<5> 納税者が税務官庁の<1>の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないこと

の要件を満たす場合には、信義側の適用があるものというべきである。

そして、本件においては、原告は、課税庁の税務相談による指導内容どおり、平成二年四月二六日に本件事業年度の法人税確定申告を、同年七月六日に同修正申告(以下「本件各申告」という。)を行ったものであるから、右指導内容と異なる本件各処分は信義則に反するものである。

(一) 要件<1>について

(1) 税務行政の円滑な遂行のために税務相談の果たしている重要性からして、税務相談における税務当局ないし職員の指導ないし回答は、法的に拘束を与えないまでも事実上拘束あるいは大きな影響を与えるものとして、自らの指導ないし回答に拘束される場合がある。

(2) 久保田税理士は、昭和六三年一〇月中旬ころから一二月中旬ころの間、大阪国税局実務指導官及び課税庁法人税第一部門指導担当の上席調査官から、税法上の借地権は民法上のものよりも広い概念であって建物所有を目的とする場合に限られないとの助言、具体的には、甲3の増築図面をもとに鳥丸通りに面する権利取引に関し一三億円の建物の移転補償は高額すぎるし、このうちの借地権の対価を入れなければ出口(借地の返還)段階で立退料の認定課税を受けることになるとの指摘を受けた。

(二) 要件<2>について

そこで、久保田税理士は右指導を信頼して、原告に対し借地権の存在を前提とした申告を行うよう助言し、原告はこれに基づいて本件各申告を行った。

(三) 要件<3>について

ところが、被告は平成四年七月九日に本件各申告に対して借地権が認められないことを理由に本件各処分をした。

(四) 要件<4>について

原告は、このような相当な期間が経過した後の予期せぬ本件各処分及びこれに基づく原告所有の本社物件の差押えによって、その営業に大きな打撃を受け、結局、休業のやむなきに至った。

(五) 要件<5>について

原告が税務職員のした右の指導を信頼した過程において原告に責められるべき事由はない。

(1) 本件各申告における法人税の評価は、専門的知識を有する税理士をもってしても困難なものであったのであり、かかる状況下において税務職員の指導があれば、納税者としてはこれを信頼しこれにのっとって申告を行えば間違いないと考えるのは、ごく自然なことである。

(2) また、久保田税理士は、助言の際、本件増改築工事費が会社の決算書に固定資産として計上されていること、同時期に地代家賃が三倍以上に上昇されていたこと、本件建物所有者から立退料の形式で取得したのではなく、賃借権等(増築建物及び借地権等を含む。)譲渡の形式で取得したこと、をそれぞれ確認した上で、少なくとも増築部分の敷地につき借地権があるものと判断したのであり、原告側としては、税務職員の右指導に従う上で客観的事実の確認をした。

2  被告

本件各処分は信義側の適用要件に該当するものではない。

(一) 要件<1>について

大阪国税局及び下京税務署における相談は、被告らによる「公的見解の表示」でない。

(1) 税務相談は、専ら行政サービスの一環として納税者のため税法の解釈、運用又は申告手続等について相談に応ずるもので、具体的な課税処分とは関わりがないし、税務当局の公式見解でもない。

また、税務相談は、税務署で具体的な調査を行うこともなく、相談者の一方的な申立てに基づきその範囲内で、行政サービスとして納税申告をする際の参考とするために、税務署の一応の判断を示すものであって、仮に、その相談が課税にかかわる個別具体的なものであったとしても、その助言どおりの納税申告をした場合にその申告内容を是認することまでを意味するものではなく、最終的にいかなる内容の納税申告をすべきかは納税者の判断と責任に任されている。したがって、税務(納税)相談における助言は信頼の基礎となる公的見解というには不十分である。

(2) 久保田税理士が本件に関して主に相談したのは、下京税務署ではなく大阪国税局の直税部法人税課であり、しかも同税理士の過去の勤務歴の関係から知っていた法人税課長を通じてである。したがって、久保田税理士は個人的な助言を仰いだにすぎず、税務相談を受けたものではないとも考えられる。

(二) 要件<2>について

要件<2>にいう「行動」とは、例えば、ある団体への寄付が特定寄付金(所得税法七八条)に該当し寄付金控除の対象となる、という表示を信頼して寄付をしたような場合を意味するのであって、課税庁の指導が誤っていた場合に、その誤った表示を信じ、その表示に従って申告をなすことは、ここにいう「行動」には含まれない。

本件においては、税務相談時には、既に本件売買契約は締結されていたのであるから、その税務当局の見解を信頼した上での「信頼に基づく行動」は存在しない。

(三) 要件<4>について

本件では、原告は租税特別措置法六五条の七及び同条の八の適用が受けられる実体的要件を欠いているのであって、同規定によって保護される法的利益はないし、そのような納税者に対する課税を減免することは、かえって租税平等原則に反する。

(四) 要件<5>について

(1) 税務相談の前提となる事実関係については、納税者の申述内容や提出資料を前提とせざるを得ず、相談に対する回答もおのずと仮定的一般的なものにならざるを得ない。

しかるに、久保田税理士は、大阪国税局ないし下京税務署に税務相談に行った際、京都市の住宅地図のコピー、路線価図、本件建物等の図面三種類(甲1~3)、法人税の申告書を含む決算書と附属明細書、純一から譲渡に至るまでの経過説明を受けたメモ等を持参したが、原告と義博との間の昭和五〇年一一月一〇日付け家屋賃借契約證書(乙3)、原告と京阪奈組合との間の昭和六三年八月三日付け合意書(乙5)、昭和六三年八月三一日付け賃借権等売買契約書(甲15)、昭和六三年九月一二日付け和解調書(乙6)を持参・提示しなかった。そして、右の原告と京阪奈組合間の合意書(乙5)及び和解調書(乙6)には「家屋(又は建物)の賃借権の代金と一三億円」と明示されており、また、家屋賃借契約證書(乙3)には土地が賃貸借契約の対象物件に含まれていない。

したがって、久保田税理士がこれらの資料を提示した上税務相談に臨んでいれば、大阪国税局や下京税務署の職員から異なった回答が得られたであろうことは容易に想像できるのであり、久保田税理士は原告に不利と思われる資料は持参せず、税務職員からは自己の都合のよい一般的見解を確認したものにすぎない。この点において原告側には故意又は重大な過失があったといわなければならない。

(2) 原告の確認した内容についても、重大な過失があった。

本件増改築工事費については、会社の決算書上では造作と表示されているのみで、これと本件増改築工事との関連は見い出せない。

地代家賃が三倍以上に増額上昇されていたことをもって、建物増築に伴う地代相当分を含むと判断した根拠が示されていない。

本件建物所有者からの取得形式については、いかなる書類から、また、いかなる方法で確認したのか明らかでない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する当裁判所の判断

一  事実認定

争いのない事実及び証拠(甲1ないし3、7ないし10、15、16、乙2ないし6、証人野田純一、同久保田勇、同野田義博)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件建物はその東側を鳥丸通りに接しており、形状は別紙6(見取図)のとおりである。

2  本件建物は、昭和一一年ころ、野田道太郎(純一の兄、義博の父)が建築したものであるが、建築当時の形状は別紙6(見取図)のうち一、二階増築部分(一階は斜線部分)を除いた部分のとおりであった。そして、義博は、野田道太郎が昭和一八年ころ死亡したことに伴い、本件建物の所有権を家督相続した。

原告は、昭和二四年一〇月二八日に純一らによって設立されたものであるが、そのころ、義博から本件建物の東部分の一棟である店舗の二階部分を賃借りして営業するようになり、さらに昭和二七年ころには、右店舗の一階部分をも賃借りするようになった。なお、本件建物の家賃は、昭和四二年まで野田まさ(義博の母)が義博名義で受け取り管理していた。

3  昭和三六年から三七年にかけて、純一の指示により、本件建物に対して本件増改築工事が行われたが、原告は、本件増改築部分を原告の決算報告書の造作の勘定科目にて計上した。本件増改築部分は別紙6(見取図)のとおりであり、本件建物の従来部分とは区分所有権の対象となる構造上及び利用上の独立性は存在しない。なお、義博は、原告がした本件増改築工事に対して特に異議を述べなかった。

そして、右の本件増改築工事が行われたのと同じころ、原告は、義博から倉庫、本件建物の全部を賃借りするようになった。

4  原告の決算報告書の附属明細書には、地代家賃の勘定科目にて、昭和三四年二月から三五年一月の事業年度(第一一期)においては「野田義博三万五〇〇〇円×一二 四二万円」、昭和三五年二月から三六年一月の事業年度(第一二期)においては「野田義博 四七万五〇〇〇円」、昭和三六年二月から三七年一月の事業年度(第一三期)においては「野田義博 八二万円」、昭和三七年二月から三八年一月の事業年度(第一四期)においては「野田義博 一二〇万円」がそれぞれ計上されている。

5  原告は、本件建物に関し、昭和五〇年一一月一〇日に「家屋賃借契約證書」(乙3)を作成して義博に差し入れたが、この書面が作成された目的は、原告から義博に対して小林に対する立退料の資金として交付された九〇〇万円の法的性格を、税務対策の観点から、敷金と明確に位置づける必要があったことによるものであった。なお、乙3の書面上には「一家屋三棟壱戸」「家賃料一ケ月金四拾萬円と定め」との記載がある。

なお、原告と義博との間における賃貸借に関しては、乙3のほかには書面が作成されたことはない。

6  原告は、昭和六二年ころから、京阪奈組合から本件建物の立ち退きを迫られるようになり、昭和六三年に入り、京阪奈組合に対して本件建物の賃借権を売却することに決定した。その後、原告と京阪奈組合との間で、売却価格を交渉した後本件建物の賃借権を一三億円で売却することに話がまとまり、昭和六三年八月三日に両者の間で合意書(乙5)が作成された。

なお、乙5の書面上には「家屋の賃借権の代金として、一三億円を甲(原告)の指示する方法で支払い」との記載がある。

そして、原告と京阪奈組合との間で、「昭和六三年八月三一日に賃借権売買契約書(甲15)が作成され、本件売買契約が成立した。なお、甲15には賃借権の後に「等」の文字が挿入されている箇所が三つあるが、昭和六三年八月三一日に甲15の書面が作成された時には、「賃借権」の文字の後に「等」の文字は挿入されておらず、それぞれ「賃借権売買契約書」「賃借権売買を以下の条項にて締結する。」「甲(原告)は本物件(本件建物)の賃借権を金壱拾参億円にて乙(京阪奈組合)に売却する。」との記載がなされていた。

7  原告は昭和六三年九月一二日に京阪奈組合との間で、京都簡易裁判所昭和六三年(イ)第一五一号事件において裁判上の和解を成立させた。同和解調書(乙6)の条項には「申立組合(京阪奈組合)は、相手方会社(原告)から別紙建物(本件建物)の賃借権を代金一三億円で買取り、相手方会社は乙を売渡すことを双方確認する。」との記載がある。

8  その後、純一は、本件売買契約の売却代金のうち六〇パーセントないし七〇パーセントは税金がかかると指摘されたので、知人から税理士の久保田勇(以下「久保田税理士」という。)の紹介を受け、同人に対し事業用資産の資産の買換えが可能かどうかを相談した。

久保田税理士は、純一から、本件増改築部分の所有権は原告に帰属しており、原告の財産として決算書に計上されているとの説明を受け、純一から原告の決算書の提示を受けてそのことを確認するとともに、原告の決算書により本件増改築工事の前後を通じて地代家賃が三倍に値上げされていることを確認し、本件増改築部分には原告に借地権が発生していると判断した。

久保田税理士は、昭和六三年一〇月中旬ころから一一月中旬ころにかけて、本件建物の図面(甲1~3)、京都市の住宅地図(写)、路線価地図(写し)、法人税申告書を含めた決算書・附属明細書、純一作成の経過メモを持参し大阪国税局に赴いた。久保田税理士は、その際、大阪国税局の指導官に対し、本件建物の図面(甲1~3)を示した上で、法人税の出口課税の適用を受けるかどうかを相談したところ、指導官から適用を受ける旨の回答を得た。その後、久保田税理士は、昭和六三年一〇月中旬ころから一二月中旬ころにかけての二回にわたり下京税務署を訪れ、担当官に対し同様の相談をした。

9  久保田税理士は、下京税務署での一回目の税務相談の後、純一から、昭和六三年八月三一日付け賃借権売買契約書(甲15)、昭和六三年八月三日付け合意書(乙5)を提示された。久保田税理士は、本件売買契約上本件建物の賃借権のほか本件増改築部分の所有権及び本件増改築部分の敷地の借地権も売買の対象となっているはずであり、右の書面には不備があると考え、純一に対し、昭和六三年八月三一日付け賃借権売買契約書(甲15)の「賃借権」の文字の後に「等」の文字を挿入するよう指示した。

純一は、久保田税理士の指示に従い、京阪奈組合の事務所に赴いて甲15記載のとおり三箇所の「賃借権」の文字の後に「等」をそれぞれ挿入してもらった。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない(その理由は以下に述べる。)。

二  争点1について

1  原告は、本件建物のうち本件増改築部分に対応する敷地に対する借地権を有しており、本件売買契約はこの借地権が売買の対象として含まれていた旨主張し、その根拠として概要以下のとおり主張する。

(一) まず、原告は、本件増改築工事は原告が行い、本件増改築部分は原告が所有していたから、原告は本件増改築部分に対応する敷地に対する借地権を有している旨主張し、確かに、前記一3のとおり、原告が本件増改築工事を行ったとの事実を認めることができる。

しかし、前記一3によれば、本件増改築部分は別紙6(見取図)表示のとおりであって、本件増改築部分が本件建物の従来部分とは区分所有権の対象となる構造上及び利用上の独立性は存在しないことは、当事者間に争いがない。そうすると、本件増改築部分は民法二四二条により旧来の本件建物に附合し、その効果として、建物の所有者である義博が附合物の所有権を取得するから、原告がその所有権を取得する余地はないものといわなければならない。

なお、原告は、「土地の上に存する権利」ないし税法上の借地権が存在するかどうかは、私法上の観点とは別個に、専ら税法上の判断で決められるべきものである旨主張するが、租税法が課税要件等を規定するに当たり私法上におけると同じ概念を用いている場合には、別異に解すべきことが租税法規の明文又はその趣旨からして明らかな場合を除き、私法上におけると同じ意義に解釈するのが相当であるから、原告の右主張は採用できない。

(二) 次に、原告は、義博に対し地代を支払っていたものであるから、原告は本件増改築部分に対応する敷地上には借地権を有しているとし、原告が義博に対して地代を支払っていた根拠として、原告が、本件増改築工事後の昭和三八年ころから、義博に対し地代家賃を従来の三倍である年額一二〇万円に改訂して支払ってきた旨主張している。

前記認定のとおり、原告の第一一期から第一四期にわたる決算報告書の附属明細書には、地代家賃の名目で四二万円から一二〇万円の金額の計上がある。

そこで、原告が義博に対して支払っていた地代家賃の額が昭和三四年ころから三八年ころにかけて年額四〇万円から同一二〇万円に増額されたことを一応認めるとしても、証拠(甲7ないし10)によれば、右の増額は原告が挙げる決算報告書に「地代家賃」の項目で計上されているにすぎず、また、証人野田純一自身、賃料が約三倍に値上げになった中で「地代家賃」の中でどの部分が地代、どの部分が家賃という意識はなかったと証言しているのであるから、証拠上、従来の家賃を増額したものであるか、それとも従来の家賃に地代を上乗せしたものであるかどうかは判別することができない。

のみならず、前記一3のとおり、原告は昭和三六年ころ義博から倉庫、本件建物の全部を賃借りするようになったことが認められ、これに前記認定とおり、原告が本件増改築工事を行うことによって義博が本件増改築部分の所有権を取得するに至ったとの事実を併せて考えると、むしろ、右の地代家賃の増額は、原告が義博から新たに賃借りする建物部分が増加したので、これに対応するため家賃が増額されたものとみるのが自然であるというべきである。

(三) そして、本件建物のうち本件増改築部分に対応する敷地上に原告が借地権を有しているとの原告の主張事実及び原告が同借地権を本件売買契約により京阪奈組合に譲渡したとの事実を認めるに足りる証拠は他に存在しない。

2  かえって、前記一の認定事実によれば、本件売買契約の際には甲15の書面には「賃借権」の文字の後に「等」の文字は挿入されていなかったことが認められ、本件売買契約締結に前後して作成された原告と京阪奈組合との間の合意書(乙5)及び

和解調書(乙6)にはいずれも借地権の存在を窺わせるような記載は存在しない。さらに、原告と義博との間の賃貸借関係に関して作成された書面は、昭和五〇年一一月一〇日付け「家屋賃借契約證書」(乙3)のみであって、これが「家屋賃借契約證書」となっていて、対象物件は「一家屋三棟 壱戸」とのみ記載されていることも先に認定したとおりである。

以上の各事実に、証人野田純一自身、本件売買契約当時、借地権ということは意識しておらず、後に久保田税理士に相談する段階になって借地権のことを意識するようになったなどと証言していることをも考え併せると、むしろ、本件売買契約中には借地権に関する合意は存しないものと見るのが相当であると考えられる。

3  以上によれば、本件全証拠によるも原告が本件建物のうち本件増改築部分に対応する敷地上に借地権を有していたとの事実及びそれを原告が本件売買契約により京阪奈組合に譲渡したとの事実を認めることはできず、むしろ、本件売買契約中借地権に関する合意は存しないものとみるのが相当であると考えられるから、本件においては、租税特別措置法六五条の七及び同条の八の適用はないものというべきである。

三  争点2に対する当裁判所の判断

前記二のとおり、原告が京阪奈組合に譲渡した権利の中には借地権は含まれておらず、本件においては、租税特別措置法六五条の七及び同条の八の適用はないから、原告の所得金額及び法人税額は以下のとおりである。

1  所得金額 一〇億八〇八七万七九四七円

弁論の全趣旨によれば、原告がした本件修正申告における後記(一)の所得金額に同(二)及び(三)の各金額を加算した金額を本件事業年度における原告の所得金額と認めるのが相当である。

(一) 原告の修正申告における所得金額 五億七九四四万一七七五円

(二) 減価償却超過額 一億〇六二八万二一七二円

原告が本件建物の敷地に対する借地権を持つとはいえないから、原告が確定申告において租税特別措置法六五条の七の適用により認められる損金として計上した建物等圧縮引当損一億一五四八万五一五〇円を当然には損金に算入することはできない。

しかし、弁論の全趣旨によれば、建物等圧縮引当損一億一五四八万五一五〇円のうち少なくとも、別紙3ないし5(減価償却超過額計算表)記載の九二〇万二九七八円は本件建物等の減価償却費として損金に算入するのが相当と認められる。

したがって、本件事業年度分の減価償却限度額を超過する額一億〇六二八万二一七二円は所得金額に加算するべきである。

(三) 特別圧縮引当金繰入限度超過額 三億九五一五万四〇〇〇円

前項と同様、原告が確定申告において租税特別措置法六五条の八の適用により認められる損金として計上した特別圧縮引当金繰入額三億九五九四万三〇〇〇円を当然には損金に算入することはできない。

原告が本件修正申告においては、確定申告における所得額に七八万九〇〇〇円を加算した金額を所得金額としたことは当事者間に争いがない。したがって、右の三億九五九四万三〇〇〇円から七八万九〇〇〇円を控除した残額三億九五一五万四〇〇〇円を所得金額に加算するべきである。

2  法人税額 四億七一一〇万二七〇〇円

後記(一)の所得金額に対する法人税額に後記(二)の課税留保金額に対する法人税額を加算し、これから後記(三)の所得税額の控除額(国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数金額を切り捨てたもの)を控除すると、四億七一一〇万二七〇〇円となることは計数上明らかである。

(一) 所得金額に対する法人税額 四億五二四一万四七〇〇円

弁論の全趣旨によると、国税通則法一一八条一項の規定により原告の所得金額一〇億八〇八七万七九四七円の一〇〇〇円未満の端数金額を切り捨てて算出した一〇億八〇八七万七〇〇〇円に、法人税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)六六条一項、二項、及び租税特別措置法四二条の二第一項、二項に規定する税率を乗ずると四億五二四一万四七〇〇円となることが認められる。

(二) 課税留保金額に対する法人税額 二〇九七万三八〇〇円

弁論の全趣旨によると、原告は、法人税法二条一〇号に規定する同族会社に該当することが認められるから、同法六七条一項の規定により留保金額に対して法人税が課されることとなる。

そこで、弁論の全趣旨によると、本件事業年度の所得金額のうち留保された金額一〇億五九四七万一三八三円(申告に係る金額五億五八〇三万五二一一円に前記損金とならない金額の合計五億〇一四三万六一七二円を加算したもの)を基礎として課税留保金額を算出するのが相当と認められ、これによると課税留保金額一億三七三六万九〇〇〇円が得られる。これをもとに、法人税法六七条の規定により課税留保金額に対する法人税額を算出すると、右の二〇九七万三八〇〇円が得られる。

(三) 所得税額の控除額 二四八万九七九四円

弁論の全趣旨によれば、所得税額の控除額を二四八万九七九四円と認めるのが相当である。

3  まとめ

以上のとおり、被告のした本件各処分はの法人税額の範囲内でされたものであり、弁論の全趣旨によれば、被告は本件各処分に伴って国税通則法六五条の規定に基づいて計算した金額を原告に対し過少申告加算税として賦課決定したものと認められるから、本件各処分はいずれも適法である。

四  争点3に対する判断

1  租税法規に適合する課税処分について、信義則の法理の適用により課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政とりわけ租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては右法理の適用については慎重でなければならない。租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情がある場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかの考慮は不可欠のものである(最高裁判所昭和六〇年(行ツ)第一二五号・同六二年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集一五二巻九三頁)。

2  これを本件についてみると、原告が被告に信義則違反があると主張するところは、単に原告が本件売買契約を締結した後に税務相談において原告の税理士が大阪国税局の指導官ないし下京税務署の担当官から税務指導を受けた結果に従って、本件売買契約に伴う譲渡所得に係る税務申告をしたというにすぎないのであって、原告は大阪国税局の指導官ないし下京税務署の担当官から税務指導を受け、そこに示された見解に基づいて新たに何らかの私法上の取引行為を行ったというものではない。

そうすると、本件においては、原告の主張する事実を前提としても、原告が税務官庁のした公的見解の表示を信頼したことに基づいて行動したことはないし、原告に経済的不利益も生じていないというべきであるから、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情が存するものとは認めることができない。

してみれば、原告の主張はそれ自体失当であり、本件各処分が信義則に反すると評価することはできない。

第五結論

以上の次第で、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 芦澤政治 裁判官府内覚は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 大出晃之)

別紙1

物件目録

所在   京都市下京区鳥丸通五條上る悪王子町四二六番地

家屋番号 同町七番

種類   店舗

構造   木造瓦葺二階建

床面積  一階 八九・五二平方メートル

二階 八〇・五六平方メートル

(付属建物)

1 種類   倉庫

構造   木造瓦葺二階建

床面積  一階 二三・九六平方メートル

二階 二三・九六平方メートル

2 種類   物置

構造   木造瓦葺平屋建

床面積  一階 一・八一平方メートル

3 種類   居宅

構造   木造瓦葺二階建

床面積  一階 一〇〇・五二平方メートル

二階 八四・六二平方メートル

4 種類   廊下

構造   木造瓦葺平屋建

床面積  六・八七平方メートル

別紙2

課税の経緯

<省略>

別紙3

減価償却超過額計算表(その1)

<省略>

別紙4

減価償却超過額計算表(その2)

<省略>

別紙5

減価償却超過額計算表(その3)

<省略>

<省略>

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